作品・発表

基本情報

氏名 西村安弘
氏名(カナ) ニシムラ ヤスヒロ
氏名(英語) NISHIMURA Yasuhiro

年月日(開始)

2022/02/05

年月日(終了)

2022/02/05

種別

学会発表(国内学会)

題名(事項)

アーカイヴのエクリチュール

概要

GHQの占領政策の中で、漢字かな交じりの日本語表記が、日本人の識字率を低くしてい
るという誤解があり、民主化を推進するために、ローマ字表記の導入が真剣に検討された
ことはよく知られている。ところが、1948年に実施された全国規模の調査の結果、却って
日本人の識字率が極めて高いことが立証されてしまった。自民族中心主義(エスノセント
リズム)の典型であろう。
 こうした圧力を受けながら、文部省は1946年秋に芸術祭を立ち上げ、サン・フランシス
コ講和条約締結後の1952年には、東京国立近代美術館を設置した。芸術祭の対象は、第2
回目の1947年には、演劇と音楽(洋楽)の2部門だったのが、翌1948年には、映画を含む
演劇、舞踊、音楽、放送(ラジオ)の5部門へと拡大された。実演を中心に構成された芸
術祭には、伝統的な古典芸能の擁護と欧米由来の現代芸術の摂取という2つの潮流が看取
されるだろう。
 東京国立近代美術館に映画事業(フィルム・ライブラリー)が設置されたのには
、MoMAが映画を収集していた先例があった。1969年には同美術館内にフィルムセンター
が設置され、2018年に6番目の国立美術館として、国立映画アーカイブへと改組される。
隣接ジャンルの写真や漫画と比べると、文化政策における映画の優先的地位は明らかであ
る。
 フィルムセンターは、1990年に国際シンポジウム「フィルム・アーカイヴの4つの仕事
」を開催、「収集・保存・復元・カタロギング(目録化)」をその中心的業務に位置付け
た。アーカイヴ機関としての自己規定を確認したフィルムセンターは、国立映画アーカイ
ブへの改組に四半世紀先立つ1993年、FIAF(国際フィルム・アーカイブ連盟)に加盟した
。FIAFが設立された1938年は、トーキーへの移行に伴い、サイレント映画を保存する意味
が明確化された時期であり、翌1939年には映画法が制定されている。
 ここで注意したいのは、美術館(ミュージアム)、図書館(ライブラリー)、アーカイ
ヴといった名称の混在である。こうした表記のゆれは、京都文化博物館、福岡総合図書館
といったフィルム・アーカイヴ部門を有する日本の類似組織にも見られる。(議論を先取
りして言ってしまえば、唯一無二の存在に、反復可能性のある言葉で名付ける行為には、
原暴力が秘められていることになる。)
 周知の通り、ミュージアムの語源は、「ムーサたちの館」を意味するムセイオンmuseion
に由来する。ビブリオテーク(フランス語の図書館)の語源は、やはり「文庫」を意味する
ビブリオテーケーbibliothekeだが、これはアポロドーロスの『ギリシャ神話』の原題とし
ても使用されている。アーカイヴの語源は、デリダが『アーカイブの病』(1995)でも指
摘しているように、「アルコン(アテナイの執政官)の家」であるので、三つの組織の中
で、政治的な色彩が最も濃厚な言葉でもある。
 デリダの『アーカイブの病』は、1994年のロンドンで、国際精神医学・精神分析史協会
、フロイト博物館等の後援で開催された国際会議『記憶 アーカイヴの問い』の講演録で
ある。精神分析、ユダヤ人(ユダヤ性)、アーカイヴといったテーマが錯綜して論じられ
る一方、ヨセフ・ハイーム・イェルシャルミの『フロイトのモーセ』(1993)への批判が
展開された。ユダヤ人は滅びるかもしれないが、ユダヤ性は永遠であるとしたイェルシャ
ルミに対して、「世俗的ユダヤ人」と思われるデリダが反発したのは、当然のことかも知
れない。こうしたユダヤ人=ユダヤ性の問題に焦点を当てるのではなく、デリダがアーカ
イヴの「病=悪mal」と呼ぶものに対して、我々がどのような態度を取り得るのか、再考
する。

発表場所(学会名、会場名等)

日本映像学会クロスメディア研究会(オンライン)

共同制作・発表者(名義)

 

受賞・表彰名

 

開催地(海外の場合は国名)

オンライン

主催者

日本映像学会クロスメディア研究会

年度

2021

備考