本研究は、篆刻書体、中でも「鳥蟲篆(ちょうちゅうてん)」 と呼ばれる装飾的な書体について調査するものである(図 1)。鳥蟲篆は古代の中国で印璽(いんじ)や印章に用いられ、 現代においては芸術的な篆刻作品に用いられることがある。 字画を強く歪め、文字全体を変形して装飾的に作ることが特 徴で、そのために文字は非常に読みづらくなっている。
鳥蟲篆のルーツは、古代中国で青銅器の銘文などに用いら れた鳥蟲書(ちょうちゅうしょ)である。筆画が回転したり、 曲がったり、あるいは筆画が別の曲線で飾られていることや、 龍や鳥などの図像が字画と融合するように描かれていること が特徴である。
印章は、王やそれに近い官僚が用いたものである。鳥蟲篆 には、名前を記すばかりではなく、その持ち主の品位の高さ を表す機能もあった。この表現は、言葉によってではなく文 字そのものの造形によってなされていた。本研究で筆者は、 鳥蟲篆の著しい変形がこのような機能に貢献する可能性につ いて、鳥蟲篆の変形方法の調査や使用状況を元に検証した。